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羽についての一考察 その12-4
行きががり上、ちょっと困った展開になってしまいました…。
もう一回で終わるかな?がんばります。 ・・・・・・ その一軒家は、市街地からも住宅地からも離れた、静かな林の奥にあった。 白い漆喰風の外壁、明り取りの窓には繊細なレースのカフェカーテン。玄関ポーチには可愛らしい寄せ植えの花々。 想像していたものとの違いに俺は戸惑いを覚えた。 やっと突き止めた、彼女が監禁されているという場所。 この中に彼女はいる。俺には分かる。 彼女を助け出すんだ――俺はもう一回建物を見上げ、意を決してドアのノブに手を掛けてからハッと気づいた。 馬鹿だな俺、こんな正面から。鍵がかかっているに決まっているのに。 しかし何の抵抗もなく、あっさりとドアは開いた。 「!?」 これは罠か? 罠でもいい。とにかく彼女の所へ行こうと、俺は中に入った。 螺旋階段を上って二階へ。途中誰にも会わず、物音一つしない。 俺は部屋のドアを開けた。 揺れるレースのカーテン。その窓際のソファーの上に、彼女は横向きに倒れていた。 「ナオ!」 俺は夢中で駆け寄り、彼女を揺さぶった。懐かしい白い羽。 彼女はゆったりとした白いネグリジェのような服を着せられていた。苦しそうな様子は見られないので、少し安心する。 うん…と小さく呻いて彼女は目を開けた。その瞳に俺が映る。 「ユウ、来てくれたのか」 彼女はぱっと嬉しそうに微笑んだ。こみ上げる愛しさに、彼女をぎゅっと抱き締める。 「会いたかった。もう大丈夫だよ」 変わらない、彼女の髪の香りが鼻をくすぐる。いつまでもこうしていたかったが、そうはいかない。改めて緊張が走る。 「早く出よう、見つからないうちに」 俺は腕を緩め、彼女の顔を見て言った。そして彼女も俺の顔を見返し――きょとんとした表情で言った。 「どうして?」 「どうしてって…」 何かがおかしい。柔らかい彼女の態度といい、この家の雰囲気といい… 俺の心に一気に不安が押し寄せる。 「お客さんですか」 ドアの方で男の声がした。振り向くと、そこには高津が微笑みをたたえて立っていた。 「アキ」 彼女はサッと立ち上がり、奴に駆け寄ると甘えるようにぴったりと寄り添った。 「!!!」 奴は彼女の肩を抱き、優しく囁いた。 「またうたた寝していたんでしょう。いけませんよ、今が一番大事な時期なんですから」 「分かってる…ごめん」 交わされる会話に愕然とする。もしかしてナオ、おまえ… 奴は俺の方に微笑を向けた。 「ユウ君、妻が世話になったね。わざわざお祝いに来てくれて嬉しいよ」 彼女も俺を見て、少しはにかんだ笑顔を浮かべる。 「ユウ、今までありがとう。…いろいろあったけど、私はもうすぐ母親になるんだ。喜んでくれるだろう?」 そう言うと、ネグリジェの上から愛しげに下腹を撫でた。慈愛に満ちた聖母の微笑みだった。 その眩しさに目がくらみ、俺は断崖から暗闇にまっさかさまに墜ちていった。 ・・・・・ 「ユウ!おいっちょっとしっかりしろ!」 強く揺すられて俺はハッと現実に返った。 「大丈夫か?すごくうなされてた」 彼女の心配そうな顔。見回すとそこは来た時乗った車の後部座席。 夢か… どっと安堵感が押し寄せる。額を拭うと、じっとりと汗をかいていた。 あの後、高津は眼鏡を拾い上げ、さりげなく口元を拭うとちらりと俺を見て部屋を出て行った。 殴られたというのに、唇にうっすらと笑みを浮かべていたように見えたのは俺の気のせいか。 俺は彼女を探しに行こうと部屋を出たが、すぐにさっきのガードマンが現れて部屋に戻された。 数時間後彼女が戻って来た時、傍に高津の姿はなかった。 彼女の家に着いた時はもう夕方5時近くになっていた。 おばさんは「夕ご飯食べていってちょうだい」と言って買い物に出て行った。俺の顔を見るといつも夕飯を勧める。そんなに欠食児童のような顔をしているんだろうか。 もっとも今日は確かに欠食していた。お昼に差し入れられた弁当は、とても食べる気にならなかったから。 二階の彼女の部屋にいつものように上がりこんだ。 「今日はつき合わせて悪かったな。代わりに勉強を見てやろう。テスト範囲は…」 彼女は行くまでとうって変わってリラックスした様子で、機嫌良くベッドにどさっと体を投げ出し、カバンを引き寄せた。 どっちかというと彼女は文系科目、俺は理系科目が得意だ。決して一方的に俺が教わっているというわけではないのだが、これが彼女なりのいつもの言い方。 俺はそんな彼女をぼんやり見つめた。 「ユウ?」 「ああ、いや…」 俺ははっとして曖昧に微笑んだ。 「変な奴。さっきから何かおかしいぞ。高津に何か言われたのか?」 「別に、何も」 ふうん、と言って彼女は教科書に目を落とした。 彼女を疑っている訳じゃない。たとえ何があったとしても、俺が彼女を好きなのは変わらない。でも… 「教えて欲しい事がある」 「ん?どこ?」 彼女は身を乗り出してきた。頼りにされると、一応面倒くさそうな顔はするが内心喜んでいるのが分かる。 ごめん、そうじゃなくてと俺は心の中で謝った後、思い切って言った。 「あそこでは、いつもどんな事をされているんだ?」 詰問っぽくならないように、声のトーンには細心の注意を払ったつもりだ。 それでも俺には、彼女の表情が一瞬固まったように見えた。 「何を言うのかと思ったら…そうだな、今は定期的な健康診断とか、羽や血液を採取されたり、問診とか…そのくらいだ」 「“今は”?」 思わず聞き返してしまう。案の定彼女が反応してきた。 「今は、って…そりゃ最初は色々あったさ。レントゲン撮られたり、機械にかけられたり、あちこちいじくられたり…でももうあまり覚えていない」 「高津にも、か?」 彼女は一瞬ピクリとし…仕方ないなというようにふうっと息を吐いた。 「そういう事か。――妬いているのか?」 「…」 「あいつは確かに、私に関する研究チームの一員だ。当然色々検査されたけど、別に一対一ではないし、おまえの考えているような事は一切無い」 「でもあいつはおまえの事を…」 「確かに言い寄られて、困ってはいた。担当を替えてもらうように上にも言ったけど、なかなかいい返事がなくて…。でも今日、おまえに一緒に行ってもらったし、あいつにはきっぱりと断ってきた」 「…ごめん」 「なんでおまえが謝るんだ?やっぱり何か…」 俺は答えず、彼女を引き寄せてそっと唇を塞いだ。 彼女は一瞬硬直したが、拒否はしなかった。 柔らかな唇の感触を確かめる。両腕を回して、彼女の体をしっかりと抱き締めた。 俺の大切な宝物。新雪のように真っ白で清らかな… “キスしかした事がない君には分からないかもしれないが、彼女はとても…” 突然高津の声が脳裏に蘇った。 急激にどす黒い嫉妬心が沸き起こる。 俺だって!彼女のそんな秘密くらい知っている。彼女の唇の感覚、しなやかな体の抱き心地、強がっているのにふと見せる可愛い表情だって。 でももしかして、奴はそれ以上の事を知っているのかも…。 彼女にぶつけても仕方がない。しかもまだ俺と付き合う前の事だし、今回彼女は俺を頼ってくれた。…頭では分かっている。でも心が付いていかない。 愛しさと嫉妬と不安、いろんな感情が混ざり合って歯止めが利かなくなっていた。 俺はいきなり舌を彼女の口腔内に差し入れた。 「!!」 彼女は驚いて身を捩った。今までもキスが深まってくると彼女はこんな風に逃げる素振りをし、俺も無理に追いかけてはいなかった。 でも今日は逃がさない。――逃がせない。 「んんっ!」 彼女の抗議の声も、小さく鼻から抜けるだけだ。そしてその抵抗によって更に男としての本能が煽られるのが分かる。 ナオが好きだ。好きだ。 今までの想いが堰を切って一気に押し寄せ、もうどうにも止まらなくなった。 幼い頃の淡い恋心は、年月を経て、いつしか本能的な欲望を伴うものへと変化していた。 きれいごとを並べたところで、結局俺はただの男だ。 彼女の初めての男になりたい。彼女の全部が欲しい。誰にも渡したくない。 遠くから愛する人の幸せをただ見守ることができるほど、俺は出来た人間じゃない。 俺は夢中で、もがく彼女をベッドに押し倒した。
by yukino-mori
| 2008-12-18 21:29
| ちょこっと話4
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