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「ボンネットの上の猫」について
いつもは後書き的なものは書かないのですが、ちょっと補足がてら猫についての思い出話などを。
私の実家は米農家です。 昔から農家は猫を飼うものでした。勿論ペットとしてではなく、ネズミを獲らせるための実用目的で。 当然家の中には入れず、外で餌をやって(今ほどいろいろうるさくなかったので)、「外猫」として飼っていたのです。 私の知っているうちで一代目の猫は三毛のメスで、私の生まれる前から既にうちにいたため、子供である私を舐め切っていました。当時私は猫が怖くて逃げ回っていたのですが、すると尚更図に乗って、私に飛び掛ってきたりしたものです。今思えば彼女も若かったんですね。 その後、私はなぜか急に猫が大好きになりましたが、その時にはすでに彼女は老齢に達していました。 二代目は白のオス。彼はかなり大きくなってきてからもらわれてきたせいかなかなかなじめず、やっと慣れたと思ったらサカリがついてどこかへ行ってしまいました。 三代目は黒シマのメス。この子のことはもう、それこそ猫可愛がりしました。多分歴代で家に入った最初で最後の猫で、私の腕の辺りで乳飲み動作をするくらい懐いていました。それでもあくまで外猫で、私の布団の上で眠っていても夜中には必ず自分から外に出て行きました。 そして長命なこの猫は、私が嫁いでからもしばらく元気でいたのです。 唐突ですが、年を取った猫が急に姿を消すことがあります。 数日経ってみても戻らなかった時、飼い主は「ああ、死にに行ったんだな」と思うのです。 猫は死期が近づいたのを感じると、自ら飼い主の前から姿を消します。それは大抵の猫に共通する事らしく、「人間に屍を晒すのをよしとしないため」という説を私は信じてきました。いかにも無頼な猫族らしいから。 では「象の墓場」みたいに、猫たちに共通する死に場所があるかというとそれはないらしく、しばらくの後遺体はそう遠くない場所で飼い主に発見されます。自分ちの敷地内とか。隠れるように何かの隙間に挟まっていることが多いようです。それは多分本能なんでしょう。「コイツ本当に猫としての本能あるのか?」と疑われた三代目ですらそうだったので。 そして飼い主は、働いてくれた感謝を込めて、遺体をできるだけ人通りの多い所の地面に埋めます。「100人の人間(1000人だったかな?)に踏まれると人間に生まれ変わる」という言い伝えがあるためです。猫が人間に生まれ変わりたいと思っているかはわかりませんがね。 道路が全て舗装されてそれができなくなると、父は木箱にお経を書いた紙と一緒に遺体を収め、ゴミ出しに出したという事です(…あれ?)。 ちょっと前のTV番組で、「なぜ猫は死ぬ時いなくなるのか」という事についての考察をやっていました。 私の考えていた説も出たのですが、偉い学者サンによると「猫にそんな考えはない。死ぬ時は猫は錯乱状態になっていて、ふらふらと不可解な行動をして結果隠れるような格好で死ぬのだろう」ということでした。「もしくは精神が錯乱して何かから隠れようとした」とか。 でも結局それも推測だし、誰も猫本人に訊いた人はいません。 私はやっぱり、「自発的に隠れた」説を信じたい。体がそれでも何とか動くうちにこれと決めておいた死に場所に向かい、そこまでたどり着けた事にほっとしながら、静かな気持ちで近づいてくる死の足音を聞いている… そんな死に方がいかにも猫らしいという気がするのです。飼い主の勝手な感傷かもしれませんが。 反面、猫って結構天然ボケなところがあるので、学者サンの言うのももしかしたらそれなりに猫らしいと言えるのかも、と最近思うようになりました。TVに映ったかまぼこに飛び掛り、それがTVだと分かった時のばつの悪そうな顔と言ったら…(そしてそういう時、猫は意味もなく毛づくろいをしたりしてごまかします)。 そういう所もお茶目で、猫の多面的な魅力だと思ってるんですよ。 猫たち、スマン。
by yukino-mori
| 2009-02-28 23:17
| ちょこっと話5
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