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羽についての一考察 その10-7
「デート編」最終話です。
お付き合い下さってありがとうございました。 (まだ続きますが…。) ・・・・・・ 俺たちは3時頃のバスで帰途についた。 駅で電車に乗り換える。今度は空いている席に並んで座った。 彼女は羽を前の方に持ってきて、両脇に抱えるようにしていた。俺の肩にやんわりとした感触。もたれたら気持ちいいだろうな…。 「あ!」彼女が突然声を上げた。俺はヨコシマな気分になりかけてたのもあって、驚いて飛び上がった。周りの視線が一気に集中する。 彼女はあわてて口を押さえ、目礼した。少し経って、抑えた声で。 「忘れてた」 「何を?」 「海」 彼女は心底残念そうだった。 「せっかくあそこまで行ったんだから、海岸に行ってから帰ろうと思ってたのに」 俺も、ああそうだった、と思った。二人して見事に忘れていた。 「今度の時行けばいい。また行こうな」 「…うん」 さりげなく俺が言った一言に返事をしてから、彼女はハッとして、横目で俺をにらむ。 はいはい、自惚れるなっていうんでしょ。俺は知らん顔をきめこんだ。 楽しい時は終わりに近づき、俺たちはとうとう彼女の家の前に着いた。辺りにはどことなく、日曜の夕方独特の寂しい雰囲気が漂っている。 俺は徒歩の彼女に付き合って、自転車を押して歩いていた。いつものように彼女を乗せて走ってもよかったが、それではあまりにも早く着いてしまいそうで、もったいなかったから。 正直、俺の心臓はこの辺りからバクバクし始めていた。 彼女との、ほんのわずかな飛行体験。彼女の体温、背中に押し付けられた柔らかな感触。 忘れたくない。このまま今日を終わりたくないと思った。 薄闇が忍び寄ってくる。俺たちの距離は微妙に離れてゆき、“さよなら”モードに入るのが分かる。 「じゃあ、明日」 彼女の手が伸びて、俺からバッグを受け取った。 「うん…」 彼女が背を向けようとする。 「ちょっと待って」 俺は彼女を呼び止めると、自転車のスタンドを立てた。 「最後にさ」 俺は彼女を手招きした。彼女が戻ってきて俺の顔を見る。その勝気な瞳、艶々とした頬、少し薄いけど柔らかそうな唇。何もかもが愛しい。 だめかもしれない。でも多分だめじゃない。そんな気がしていた。俺は彼女の目を見つめて言った。 「昼間の続きをしてもいいかな?」 一瞬、目が見開かれた。が、すぐに元の表情に戻る。 「続き…?」 「そう。続き」 肩に手を置いてじっと顔を見つめたが、彼女はその手を振り払い、あごを引いて俺をにらみつけた。 「どうして」 「どうしてって…」 一瞬“?”となった後、ああそうか、と思った。 これ以上流されたくない、それは彼女のプライド。手に入れたかったら、ちゃんと手順を踏めということか。 そして俺は再び彼女の目を見つめ、ありったけの想いをこめて囁いた。 「好きだよ」 彼女のまつげが微かに震えた。 が、表情は変わらない。いつものきつい口調で彼女はきっぱり拒絶する。 「十年早い」 「愛してるんだ」 「百年早い!」 とりつくしまもない。こういう展開は予想外だ。 俺は微かな焦りが生じたのを感じつつ、それを押し隠してできるだけ穏やかに問うた。 「じゃあ、どうすれば信じてくれる?」 「…」 少し間があった。 そして唇からこぼれたのは、普段の彼女なら決して言わないような、自虐的な言葉。 「…こんな羽が生えた女なんか、そのうち面倒になる。普通の女の子の方がいいに決まってる」 俺は少なからずショックを受けた。彼女が本当はそんな事を思っていたなんて。 己の力不足を痛烈に感じる。 彼女は自分を受け入れてもらいたがっている。自らを否定する言葉を吐きつつ、それをまた他人に否定してもらうことによって自分を肯定したいのだろう。そんな気がした。 それなら、それを叶えてやるのが俺の役目だ。俺しか出来ない。絶対。 「そんなことないよ、羽は関係ない。あってもなくても…羽が生える前から俺はおまえだけだし、羽のあるおまえも好きだって前から言ってるだろ?」 「そんな事信じられるか。だとしたらおまえは変態だ。マニアは好みじゃない」 う…めげるもんか!ここで負けたら一生信用してもらえない。 「変態で結構。ほんとなんだからしょうがない」 俺はできるだけ鷹揚に笑った。彼女はなおも噛み付いてくる。 「じゃあ、性格は?私は可愛くないし、すぐ殴るし、足を広げて座るし、それに…」 ……受け入れて欲しい。でも逃げたい。いつもは潔い彼女が、この矛盾した感情に動揺しているのが伝わってくる。 必死に何かにしがみつくように駄々をこねる彼女が可愛くて、悪いと思いつつも唇がほころんでしまう。 もう、迷いはなかった。 「おまえのそういう所、全部好き。おまえは俺のこと嫌い?」 「嫌いだ」 「…いいよ、その分俺がおまえの事好きだから」 「嘘つきは嫌いだ」 「嘘じゃないよ」 「嘘だ、この嘘つ」 もういいよ。 俺は彼女の言葉が終わらないうちに、唇を重ねてさえぎった。すかさず腕を伸ばして、彼女を抱き寄せる。 彼女は驚いて、身を捩って逃れようとしたが、俺はそれを許さない。 手に羽の付け根が触れた。ごつごつした手触りのそれをギュッと握り、羽ごと彼女を抱き締めた。 怒るかな、と思ったが、彼女は一回ビクッと震えた後、驚くくらいあっさりと大人しくなった。 そういえば、以前から彼女はここを撫でられるのが好きだった。新しい発見に、心が高揚する。俺だけが知っている、彼女の秘密。 もう数え切れないくらい経験した、夢の中でのキスが思い出された。 でもこれは夢ではない。全てが初めてだった。暖かく柔らかい、彼女の唇のリアルな感触…。 俺はこの感覚の全てを記憶に、そして体に刻み込みたくて、ただ夢中だった。 どのくらい経ったのだろう、ようやく唇を離すと、彼女の唇から、ほっ…と小さな吐息が漏れた。 もちろん、彼女は鳥になって飛び去ったりはしない。 恥ずかしそうに頬を染め、それでもまっすぐな瞳に出会うと、今更ながら全身が心臓になったようにドキドキと波打った。体が小刻みに震えてきて、余裕のない自分が恥ずかしい。 夕方の涼しい風が吹き抜けて、彼女の羽を揺らした。彼女と俺に挟まれて、バッグの中の貝殻がこそりと音を立てる。 彼女が微かに笑った。 俺もつられて笑った。 緊張が解けたわけではないが、少し気持ちが楽になる。 彼女のまぶたが再び閉じられた。もう一度唇が触れようとした時。 「ナオ~、帰ったの?ユウ君に上がってもらいなさい、ごはん食べてくって電話しといたから」 と彼女の母が、家の中から呼びかけるのが聞こえた。
by yukino-mori
| 2008-08-18 22:00
| ちょこっと話2
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