マンガとコスメと甘い物が好き
by yukino-mori
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羽についての一考察 その13-3

13話の最終話です。
よろしかったらどうぞ。



・・・・・・

テストが全て終了したのは、お昼を少し回ったころだった。
終わりのベルが鳴ると教室中には一斉に安堵の空気が流れた。結果はどうあれとにかく終わったのだという諦めと開放感の中、解答用紙を提出してしまうと、皆ガタガタと筆記用具を片付けて帰り支度を始めた。
私もカバンの中に教科書を収めてファスナーを閉じる。軽い疲れを感じてため息をつくと、マリがいそいそと教室を去るのが見えた。この間までとまったく違った楽しそうな様子から、彼氏との間に何がしかの良い変化があったらしいという事が分かる。今度捕まえて訊いてみようと、友情より愛情の薄情な友達を見ながら思った。

それと入れ替わるように、ユウが教室に飛び込んできた。
まだ教室には何人か残っていたが、みんな思わず振り返るほど彼の表情は晴れやかで、足取りは軽やかだった。
「ナオ!」
彼は主人を見つけた子犬のように、私の席まで駆け寄ってきた。その今にも抱きついてきそうなハイテンションな様子に、私の方が気恥ずかしくなって思わず周りを見回したが、皆関心なさそうだったり苦笑いを浮かべたりして、早々に教室を出て行った。

「やっと終わったな!どうだった?」
彼は挨拶代わりに訊いてきたが、どこか上の空で、答えは求めてはいないようだった。
「まあまあだ。おまえは?」
「俺もだよ。それよりさ」
彼は見るからにウキウキとした様子で話を変えた。
「今日、母さん遅番で、今うちに誰もいないんだ。来ない?」
ちぎれるほど尻尾を振っているのが見えるようだ。
「…何だ、その露骨に下心見え見えの誘い方は」
「そんなに露骨だった?ごめん。早く行こう」
私の辛辣な言い方にもめげる事無く、というか右から左に流して、彼は私の腕をつかんだ。
その手を冷たく振り払い、私はまじめな様子で向き直った。

「志望校のランク上げたんだってな。タク先に聞いた」
私がそう言ったのを聞くと、さすがに彼は少し居住まいを正した。
「うん」
「どうして」
「…将来就きたい仕事があるんだ。そのためにはそのくらいのとこに行っておかないと」

進路指導担当であるタク先の所に、彼は深刻な顔で相談を持ちかけたという。まだ志望校を決めるのは早いんじゃないか、と言っても彼の気持ちは決まっていた。
入学してから今までの彼の成績を考えると、必ずしも手が届かないほどではないが、合格するためには相当努力が必要な事は確かだった。

「だから、試しに今回のテスト、やれるだけ頑張ってみようと思って」
「…で?」
「まだ結果は出てないけど、今までで一番手ごたえがあった。ちょっと自信がついたかもしれない」
「かもしれない、っていう程度か」
彼ははにかんだように少し笑った。彼流の謙遜なのは分かっている。
予想した通りだった事に私は安堵したが、同時に目の前の彼が小面憎くなってきた。その感情には、将来を決めるに当たって、一歩先んじられた事への焦りも含まれていたのかもしれない。私は思わず不満を漏らした。
「そうならそうと言えば良かったのに。まったくおまえという奴は、余計な事はぺらぺら喋るくせに、肝心な事は言わないで…」
「ごめん。寂しい思いをさせて」
彼のいたわるような眼差しに内心ドキッとしながらも、別に寂しくなんてなかったと口を尖らせたが、構わず彼は続けた。
「だってさ、それこそ俺の最大の下心だから、いまさらとも思うけど何だか照れくさくて」
「…」
「おまえの全てを知りたいんだ…なんて言うといやらしいけど。おまえをこれ以上、他人に委ねているのは嫌なんだ」

私の羽に関する研究チームに入る事。そのためには大学も選ばなくてはならない。
タク先から、彼の志望校と学部を聞いた時、私には何となく彼の望んでいる事が分かった。それと同時に、最近の彼の態度の訳も。
でも彼の口から直接聞くと、照れくさいような恥ずかしいような、何だかこそばゆい気持ちがこみ上げてくる。顔面に血が上ってくるのを彼に悟られないように、そっぽを向いた。
「それにしたって、一言くらい…私はてっきり…」
「てっきり?」
彼が目をくるんとさせて覗き込んでくる。しまった、墓穴を掘ったか。
「てっきり…あ、飽きたのかと」
「飽きた?何に?」
彼はきょとんとして少し考え、それからにわかに破顔した。
「まさか!俺、この時だけを楽しみにひたすら耐えてきたんだぜ。ありえないよ」
そのあまりにもあっけらかんとした態度に、怒りを通り越して一気に力が抜ける。胸がじん、と鳴ってふいに目頭が熱くなった。
いきなり彼が私の後頭部を掴み、自分の胸に押し付けた。驚いて、こら場所を考えろと騒ぐが、彼の力は存外に強かった。すぐになだめるような低い声が降ってくる。
「ほんとにごめんな。おかげで何となくペースが掴めたから、次からはこんな修道僧みたいな事しなくてもいいと思う」
だから別に寂しくなんて…と言いかけたが、思い直して私は黙って彼の胸に頭を預けた。

潮が引くように人気が去った放課後の教室には、一種の寂寥感が漂っている。
どこか遠くで挨拶を交わす声が小さく聞こえる。時間が止まったような空間に二人はいた。

「それにしてもつらかったなぁ」
照れ隠しか、私の頭を抱いたまま、彼の声が少しおどけたような色を帯びる。
「ちょっとでもおまえに触れたらもう、そのままずるずる溺れてしまいそうな気がしてさ。何回もぐらっとしたけど、その度になけなしの自制心振り絞って耐えたんだ」
「…そうは見えなかったぞ。あっさりしてるように見えた」
まるで私に関心がなくなったみたいに。
「冗談。手を伸ばせば届くところにおまえがいるのにキスできないんだ、あっさりなんてできるわけないだろ。もしそう見えたとしたら、それは長年誰かさんによって培われた俺の忍耐の賜物だよ」
「どうだか」
「ほんとだって。誘ってきた時のおまえの潤んだ目を振り切るのは至難の…」

何!?

私はぐいっと彼の胸を押して顔を離し、一瞬追いすがってきた手を乱暴に振り払った。
「ナオ?」
「だ・れ・が・誘ってきたって?」
急に様子の変わった私の語気の強さに、彼は打たれたように「しまった」という顔をした。
「何の事だ!?私がそんな、さ、誘うなんてするはずがない!いやらしい目で見るのもいいかげんにしろ!」
さっきまでのまったりした雰囲気から一変、頭に血を上らせて怒鳴る私を、彼は慌ててなだめにかかった。が、もう遅い。
「ナオ、あの、これはちょっとした枕詞で…」
「おまえがいつも私をそんな目で見ているからそう見えるんだ!だから男って奴は油断できない!帰る!」
怒りのあまり、さっさと離れてカバンを引っつかむ。
「ちょっと待てよ、俺も…」
「付いてくるな!一人で帰る!そんなスケベったらしい奴と一緒にいられるか!」
今までの反動か、むらむらと怒りが込み上げてきて自制がきかない。罰として当分おあずけだ!!
「そんなあ…」
彼が情けない声を上げた。それでも同情なんてしてやる気は毛頭ない。

彼はしばらくがっかりしたように黙っていたが、私が腰を上げると、ふいに思いついたようにぽつりと言った。
「新しいブラシ、買ったんだけどなあ」
…え?
私が一瞬ピクリとしたのを目敏く見つけ、彼は穏やかな声でさりげなく畳み掛けてきた。
「この間ふらっとペットショップに入ったら、ドイツ製の豚毛のブラシがあってさ。適度な柔らかさと硬さのバランスがたまんないんだよね」
うう…豚毛のブラシか…
「久し振りに、フルコースでお手入れさせてもらおうと思ったんだけどなあ。
まずスリッカーで余分な羽毛を取り除いて、マッサージ用のブラシでブラッシングしてからシャンプー、タオルドライ。よく乾かしたら念入りにハンドマッサージ、仕上げはブラッシングに艶出しスプレー…」
「うっ…」
うっとりとした様子で、独り言のようにつぶやく彼。
スリッカーのカリッとした感触を思い出し、思わず羽がざわめく。
「まだ早いから、時間をたっぷりかけてしてあげられるんだけど、嫌なら仕方ないな。一人で帰ろうか」
「うう…汚いぞ」
甘美な誘惑にくらくらしながらも踏ん張って毒づくと、彼はぐいっと顔を近づけてきた。
「羽の手入れをするだけだよ。何もしないから」
「……」
嘘だ。ぐったりした私に、こいつはご褒美を要求するに違いない。
それは分かっている…分かっているけど…。

その時の彼の顔まで想像できてしまう。そして、認めたくないけど私はその表情が嫌いじゃない。

黙ってしまった私の顔を覗き込んだまま、彼はにっこりと微笑んだ。
「決まり。じゃあ、早く行こう」
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by yukino-mori | 2009-01-24 09:55 | ちょこっと話4
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