マンガとコスメと甘い物が好き
by yukino-mori
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羽についての一考察 その13 エピローグ

珍しく一気に書き上げてしまったので、早速UPしました。
内容にもちょっとびっくりかもしれません。




・・・・・・

その一軒家は、市街地からも住宅地からも離れた、静かな林の奥にあった。
白い漆喰風の外壁、明り取りの窓には繊細なレースのカフェカーテン。玄関ポーチには可愛らしい寄せ植えの花々。

…静かだ。何も変わったことはないらしい。私は車を停めると、何となく二階の窓を仰いだ。
外界から隔絶されたような空間。そこで彼女― 妻は、私の訪れだけを待っている。

まだ17歳の幼な妻。
我ながら思い切ったことをしたと思う。でも年の差は不思議と気にならなかった。多分彼女もそうだと思う。

初めて出会ったのは、私の研究室。
彼女は入ってきた私を、戸惑うように振り向いた。

ひと目で心奪われた。

彼女は今まで私が付き合ってきたどんな女性とも違っていた。
しなやかに伸びた手足、白い小さな顔。
全身からは彼女の魂を映すような生命の輝きが溢れ、長い睫毛の下から放たれる強い光が私を射る。その眩しさに私は思わず目を細めた。

そして、その背を伸びやかに覆う白く大きな鳥の羽。
一体こんな事がありえるのか。私は同時に、刺激された探究心のために肌が粟立つのを感じた。

彼女が欲しい。
それは個人としてなのか、それとも興味ある対象としてなのか、あるいは両方なのか、自分でもよく分からなかった。
彼女に恋人がいるという話は聞いたが、それすらもどうでもいいことだった。
そして私は熱心に彼女にアプローチし…とうとう彼女の心を手に入れることができた。

彼女が私を受け入れてくれてほどなく、彼女は妊娠した。あえて避妊はしていなかったから、それは想定内のことだった。
…彼女の子供が見られる。そしてこれでまぎれもなく彼女は私のものだ。私の心は躍った。

妊娠が判明すると、私は彼女を攫うようにして、手配したこの静かな家に連れてきた。彼女の両親の了承も取り付けて、早速籍も入れた。彼女の意思を確認する余裕もなかったが、初めての妊娠で不安だったのだろう、不平も言わずおとなしく従ってくれた。
無事に出産するまでは、彼女とお腹の子供に万が一のことがあってはならない。ボタン一つで近くの病院の医師が駆けつけるよう手配し、私もできるだけ長い時間彼女といられるように計らった。
先頃ようやく安定期に入り、とりあえずは安心だ。きつかったつわりも去ったものの、今度は退屈でかなわないらしく、彼女は少し機嫌が悪い。
私も忙しくて、昨夜はこの家に戻れなかった。ちょっと覚悟しなければ…と苦笑して、私は部屋のドアをノックした。

「具合はどうですか」
彼女の顔を早く見たくて、返事も待たずに部屋に入った。
彼女は少し驚いたように手元の雑誌を閉じてテーブルに置いた。
外界から隔離同然の生活とはいえ、彼女の気分が滅入らないように電話もテレビも普通に置いている。一日に一回来る家政婦が彼女に請われて買ってきた物なのだろう、出産・育児本や雑誌も何冊かマガジンラックに入っていた。
「何を見ていたんですか」
私は何気なく彼女の置いた雑誌に目をやった。彼女の目が、あっというように開かれたがすぐに何事もないように逸らされた。
それは書店でよく見る、ウェディング関係のファッション雑誌だった。表紙に大きく、幸せそうなピンクの頬をした若い女性が微笑み、「式までの段取りを全解説!」「人気のウエディングスポット」などの見出しが躍っている。
「……」
彼女を見やると、私が何も言わないうちに彼女は拗ねたように口を尖らせて言い訳をした。
「別に頼んだわけじゃないのに、大島さんが勝手に持ってきたんだ。こんなちゃらちゃらしたものに興味ないけど、暇だから何となく眺めてただけだ。持って行って捨ててくれ」
そう言うとソファーの背もたれに胸を押し付けるようにして向こうを向いた。羽のために、彼女の顔が隠されて私から見えなくなる。
私は黙って移動し、彼女の横に座った。そっと肩を抱き寄せると少し身じろぎしたが、そのまま離さずにいると、諦めたように大人しくなって私の胸にもたれかかってきた。こんなところがたまらなく可愛いと思う。
「そういえば、式をまだ挙げていませんでしたね」
彼女は小さく、そんなのどうでもいいというような事をぼそぼそとつぶやいた。
男言葉を使い、普通の女性よりさばさばした所を持つ彼女には意外と古風なところがある。妊娠が先という結婚も今時特に珍しくはないのだが、彼女はやっぱりちゃんとした段階を踏みたかったと思っているに違いない。ましてや彼女はまだ若い。単純に「花嫁さん」というものに憧れるのも当然の事だ。そして、自分の中のそんな少女めいた部分を認めるのが嫌で、彼女はこうして拗ねているのだろう。

滑らかな手触りの羽をそっと撫でる。
この白く美しい羽も、飛ぶことを禁じられた今はただ空しく彼女の背に収まっていた。

「…後悔しているんですか?こんな形で私と結婚した事を」
「……」
彼女は黙って首を横に振った。それを見たとたん、私は柄にもなくひどくほっとした。そして、子供をあやすかのように優しく語りかけた。
「とにかくあなたを早く独り占めしたくて、こんな所に押し込めてしまいました。私は悪い夫ですね、妻にこんな思いをさせて。…あなたが望むなら、すぐにでも結婚式の手配をしましょう」
私は彼女の豊かな髪を梳った。
「式には誰を呼びましょうか。私の両親はいないから、あなたのご両親、海外のお義姉さん家族も呼びましょう。あと研究所の連中と、あなたのお友達と…。あまり大掛かりにせず、アットホームな感じがいいですね」
彼女は黙って聞いている。
「花嫁衣裳はどんなのがお好みですか?やっぱりトラディショナルな和装?それともドレス?いっそどっちもという手も…」
「…ドレスがいい。白いやつ」
彼女は俯いたまま、小さな声でぽつりと言った。素直に言ってくれた事がたまらなく嬉しくて、私は彼女を抱きしめた。
「それはいい!あなたの美しい肌にさぞかし映えるでしょうね。そうだ、新婚旅行にも行きましょう。こればかりは出産が終わってからじゃないとだめですけど。どこにしましょう?ハワイ、ヨーロッパ…フランスがいいかな。知り合いがいるんですよ」
「…どこでもいい」
「あなたの体が丈夫になったら、子供を置いて二人っきりで行きましょう」
私がそう言うと、彼女は体をピクリと震わせた。そして「そんなことできない」と遠慮がちに言った。
「いいんですよ、研究所の連中は、あなたの子供のお世話をしたくて手ぐすね引いて待ってるんですから、遠慮は無用です。彼らに預ければ安心ですから、せいぜい可愛がらせてやりましょう。…私はあなたと結婚したんです。勿論生まれてくる子供が可愛くないわけじゃない。でも、私はあなたと一緒に居たいんですよ」
私が“あなた”という言葉を強調して言うと、彼女は顔を上げて私を見た。澄んだ瞳が、戸惑うように開かれている。
「おまえは…私に子供を産ませるために近づいたんだと思っていた」
「……」
私はしばし絶句した。
「そんな事を…」
彼女は私の心を見通すかのように、私の目を真っ直ぐに見つめている。
私は、ふいに涙ぐみそうになったのをごまかすためににっこり微笑んだ。
「ばかな人ですね。そんな事を考えていたんですか?」
一人ぼっちで。この静かな部屋で。
「だって…」
「じゃああなたは?私に子供を産んでくれるために私の気持ちを受け入れたんですか?」
「……」
「そんな事はないでしょう。私も同じ。きっかけはあなたの羽でしたが、今はもうそんな事は関係ない。あなた自身を愛している」
愛しさを抑えられずに、私は彼女の唇を捕らえて吸った。手が彼女の体をなぞり、部屋着のスカートの中に潜り込むと、彼女は恥じらって身を捩り、「こら、私は…」と言った。
「少しくらいなら大丈夫ですよ。私が言うんだから確かです。ナオ…今、あなたが欲しい」
「あ…」
私は彼女の背を支えると、静かにその体を横たえた。

幸せだった。この私が、こんな日々を手にすることができるとは思わなかった。
時折耐え切れずに漏れる彼女の艶やかな声を聞きながら、私は次第に昂ってくる感情に身を任せて、彼女の白い肌に溺れていった。

・・・・・・

久しぶりに懐かしい夢を見た。

私は一人、遮光カーテンの隙間から漏れ出る朝の光を感じながら体を起こした。
ありえない夢。でも、もしかしたら現実になっていたかもしれない夢。

これが夢だと分かっても、がっかりする気持ちは起きない。そのくらい私の中ではもはやきっちりケリをつけたことだった。決して振り向いてはくれないと分かっている女をいつまでも追い求めるほど、私は愚かでも青くもない。
それなのに、なぜ今更こんな夢を見たのか。

理由は分かっている。
昨日、教授が私に教えてくれた事。
あの若造が、春からこの大学に来るという。そしてそれが決まるとすぐに、彼は将来の研究所行きを望んだと。
そして彼女も、学部は違うが同じこの学校に来ると。

私は我知らずクスリと笑った。
という事は、教養学部を終えて来年には、彼は私の研究室に来るということだ。それは楽しみだな。
彼女の心を手に入れた若造を、別にいじめるつもりはない。女子供じゃあるまいし、立場があまりに違いすぎる。フェアじゃない。
でも、彼から仕掛けてくるというなら話は別だ。

さて、どうやってしごいて…いや、可愛がってやろうか。彼ら二人の顔がまぶたに浮かんだ。
私は朝のコーヒーの香ばしい香りを楽しみながら、久しぶりに軽く心が躍るのを感じていた。
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by yukino-mori | 2009-01-28 05:09 | ちょこっと話4
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