マンガとコスメと甘い物が好き
by yukino-mori
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羽についての一考察 14-2 チョコレイト・ディスコ(彼氏編)

彼女編からだいぶ経ってしまいましたが、やっとUPできました。
ちょっと彼やらしすぎですかね。彼女の代わりに殴っときましょうか。



・・・・・・

「終わったよ。お~い、起きろよ」
ぞろぞろと観客が退出し、エンディングもすっかり終わって明るくなった映画館の一室。下を向いて気持ちよさそうに眠る彼女を軽く揺すると、いきなり大きくビクッと体を震わせ、起こしたこっちの方が驚いてしまった。
目を覚ました彼女は慌てて周りを見回し、隣にいる俺が目に入ると、ばつが悪そうに目を逸らして席を立った。よっぽど熟睡していたのだろう、フラフラと階段を踏み外しそうになる彼女に、俺は慌てて手を差し伸べた。
「大丈夫か?寝不足?」
「馬鹿、そんなんじゃない。放せ」
彼女は邪険に手を振り払うと、無理矢理ピッと背筋を伸ばして歩いていった。

今日はバレンタインデー。今年は偶然土曜日なので、彼女と映画に行く約束を取り付けた。
今話題の、ロマンティックなアニメ映画。数千年の孤独の果てにようやくただ一人のパートナーを見つけ、大冒険の末に幸せになるというストーリーが何となく他人事とは思えなくて、俺は滅茶苦茶感情移入してしまったのだが、その間も彼女は隣で幸せそうにすやすやと寝息を立てていた。まあ、彼女らしいといえば彼女らしい。肩に彼女のぬくもりを感じられてラッキーだったし。
深いところまで知り合ってからしばらく経つが、未だに彼女のこんな顔を見るとドキドキする。昼の顔はどこまでもツンデレな彼女の、普段は手を握るのすら命がけなのだ。
ファストフード店でお茶、バッティングセンター、ゲームセンターといういつものデートコースもいいが、今日はバレンタインだし、早めに二人きりになりたかった。どういう手順で彼女の部屋に上がり込み、「そういう」雰囲気に持ち込むか。ヨコシマな事をぼんやり考えていたら前を行く彼女とはぐれそうになり、慌てて小走りで追いついた。

彼女の家には珍しく鍵がかかっていた。中に入ると当然人の気配はなく、ひんやりとした空気に出迎えられた。
「おばさんは?」
「父とデートだって。遅くなるから夕飯は食べててくれって言ってた」
「ふ~ん…」
ということは、今ここには俺たち二人きりか…。
彼女はひょこっとキッチンに立ち寄ってテーブルの上を見た。夕食らしきお皿が、ラップのかかった状態できちんと揃えられている。
「…二人分だ」
こっちを見て言った彼女の表情は、恥ずかしいような嬉しいような怒ったような、なんとも複雑なものだった。俺も「ほんとだ」と苦笑する。俺の下心くらい、おばさんにはとうにお見通しらしい。
「せっかくだから、いただこうか」
俺は彼女と席について、二人で少し早めの夕食を取った。

和やかな雰囲気のうちに食事は済み、後片づけはじゃんけんに負けた俺が一人でやった。それが済むと、俺たちは何となく二階の彼女の部屋に移動してたわいもないおしゃべりをした。彼女は俺が買ってきた今日の映画のパンフレットを眺め、眠ってしまった事を悔しがった。そのうち彼女はお風呂の水を出してくると言って出て行った。
…帰る時間が近づいている。俺は少し寂しい気持ちになった。

昨日、不用意に言った一言で、彼女を怒らせてしまった。今日もまだ怒っているかと心配だったが、朝会ったところ特にそんな事はなく、むしろ機嫌が良かった。寝不足っぽい彼女の様子からちょっと期待してしまったのだが、未だに彼女からはチョコレートはもちろん、それに関する言葉すら出てきていない。

女の子からチョコをもらったことは、実はないわけではない。俺はナオを好きだと早くから公言していたが、それでもくれる子が何人かいた。
好きだと言われて悪い気がする男はいない。タク先がこっちに戻ってきた時、絶望のあまりそういった子に目を向けようとした事もあるが、結局どうも本気になれなくて、なんとなく自然消滅してしまった苦い経験がある。それからは迷うことなく彼女一筋だ。
その肝心の彼女からは俺は今まで一回ももらった事がない。彼女は義理チョコを毛嫌いしているからだ。でも今年こそは義理じゃない。正直大いに期待していたのだが、俺の思い通りにはいかないのが彼女だ。
「それくらい簡単だ」という言葉が本当なら、鬼の首を取ったかのようにさっさと出してくるだろうに、そうじゃないって事はやっぱり出来なかったんだろうか。

まあ、チョコなんて小道具がなくても、俺たちが愛し合っていることはわかっているんだし、バレンタインにこうして二人で過ごせただけでも嬉しい事だ。
最初からそう言えば良かったのに、悪い事したな。俺は自嘲気味に微笑んだ。

突然彼女の声が、ドアを隔てて聞こえた。どうも、開けろと言っているらしい。
どうしたんだろうと立って行ってドアを開けると、お盆にお菓子とコーヒーカップを載せた彼女が立っていた。
「―――-…」
「何突っ立ってんだ。入れないだろ」
彼女は憮然として言った。俺がハッとして除けると、彼女はずかずかと入ってきて絨毯の上にお盆を置いて腰を下ろした。
お盆に載ったお皿の上には、チョコレート色のケーキ。つまめるくらいのサイズのそれがきれいに積み上げられている様子は、どことなくピラミッドを思わせた。敷かれたレースペーパーの白さがまぶしい。
「食べてもいいぞ」
彼女はそう言うと、さっさとてっぺんの一つをつまんで齧った。俺もふらっと向かい側に座り、一つ手に取ってまじまじと眺めた。
「あの…」
「何だ」
「これ、もしかしてナオが…?」
俺がおずおずと尋ねると、彼女は噛み付くように言った。
「決まってるだろ。食べたくないなら食べなくていい」
そう言うと、一つめの残りをさっさと口に放り込んで二つめに手を伸ばしたので、俺も慌てて一口齧った。
甘くほろ苦い香りと、バターの濃厚な風味が口中に広がる。しっとりとした食感のケーキは、見かけは素朴だが味は本格的だった。
感動して絶句していると、彼女の窺うような表情が視界に入った。
「美味しい!」
俺が素直に感想を述べると、彼女の眉間が解かれた。
「当然だ。私が作ったんだからな」
彼女はコーヒーをすすって、満足そうに微笑んだ。
きっと、彼女も今日はずっとこの時を待っていたんだろう。さりげなさを装ってもつい覗いてくる晴れやかな表情がそれを物語っていた。
「嬉しいよ。すっごく嬉しい。ありがとう」
「ふん、たまたま気が向いたから作ってみただけだ。単純な奴だな」

慣れない手つきで一生懸命ケーキを作る彼女が目に浮かんだ。
もうだめだ。可愛い。可愛すぎる。虚勢を張った口調との落差がまたたまらない。俺は彼女の手からカップを取ってお盆に戻すと、いきなり引き寄せて抱き締めた。
手順はもうどうでもいい。彼女を今すぐ全身で感じたい。
口ではあんな事を言いつつも、されるままに俺の腕の中に納まった彼女だが、いきなり抱き上げられてベッドの上に降ろされると、さすがに慌てて羽をばたつかせた。
「こら、何するんだ」
「決まってるだろ。もうあんまり時間がないんだ、おとなしくしてて」
彼女の反論を唇で封じ込め、そのまま体重をかけて覆いかぶさる。羽の付け根の下に腕を差し込んで、思いっきり抱きしめた。情熱的に口内を愛撫し、体を密着させて、彼女を欲しいという気持ちを伝える。
しばらくすると抵抗は収まり、腕の中の彼女はぐったりとおとなしくなった。
いつどうなってもいいように、彼女と会う時は必ず常備しているアレの場所を頭の中でさっと確認する。よし、大丈夫だ。
俺は焦らすように唇を彼女の首筋に移動させた。鼻をくすぐる、彼女のたまらなく甘い香り。そして俺の耳には彼女の心地よい寝息が…

え?

「……」

おそるおそる体を離してみると、彼女はすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
そんなばかな。これからっていう時に…。
起きろ。起きてくれ。俺はこの欲ぼ…いや情熱をどうしたらいいんだ。

「だめか…やっぱり」
鼻をつまんだりくすぐったりしてみたが、全く目を覚まさない。初めは狸寝入りかとも思ったが、どうも本当に熟睡してしまったらしい。
俺のための寝不足が原因なのに、無理やり起こしてさせてもらうのも自分勝手だな。…それにそんな事したら後で殺されるかもしれない。
仕方ない、今年のバレンタインのプレゼントはケーキとこの寝顔だけで我慢するか。それでも未練たらしくそっと唇を重ねると、チョコレートの名残が微かに香った。

俺はしばらくまったりとした気分で彼女の幸せそうな寝顔を眺めていたが、ふと重大な事に気付いて青くなった。
もし今、おばさんたちが帰ってきたら、この状況をどう説明しよう…?
おばさんだけならまだいい。おじさんもいるのだ。娘の部屋に男がいて、「彼女眠っちゃいました、ははは」で済まされるとは思えない。普通に考えて、何をしていたかは明白だ。
信じて下さい、俺は潔白です。少なくとも今日は。
…だめだ。ナオ、やっぱり起きてくれ。頼む。

俺があたふたしてると、玄関のドアが開く音と共に、「ユウ君、ナオ、帰ったわよ」というおばさんの声が聞こえた。
まるで、「終わった?」と言わんばかりの能天気な響きに、俺はがっくりと肩を落とした。
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by yukino-mori | 2009-02-23 15:31 | ちょこっと話4
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