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マンガとコスメと甘い物が好き
by yukino-mori
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羽についての一考察 その12-1

お久し振りです。
軽めの話をぽんぽんと書きたいのですが、つい長くなってしまいます。



・・・・・・

金曜日の放課後、いつもの帰り道。
彼女が俺に言った。
「明日、付いて来て欲しいんだ」

明日は月に一回、彼女が研究所に出向く日だ。
そのおかげで彼女は拘束される事なく、こうして普通の生活が送れる。
彼女がどんな風に調べられているのかは分からないが、少なくともひどい扱いを受けている事はないようだ。
でも、今までにも数回出向いているはずだが、こんな事を言ってきた事はなかった。

「ん~、テスト近いしなぁ…」
いつもの気まぐれだろうと思って、俺は軽く正直なところを述べた。
「そんな物が何だ」
彼女は憤慨して言った。そこまではいつもの事。
「薄情な奴だな、私の貞操がどうなってもいいのか」

…テイソウ?
…ていそうって何だっけ。

彼女の言葉があまりにも唐突でついていけず、しばらくアホ面晒していたらしい。
鉄拳をお見舞いされたが、その意味を思い出した時俺は衝撃のあまり痛みを感じる余裕すらなくしていた。
「どういうことだ、何があった!」


彼女は多くを語らなかった。
とにかく明日一緒に来て欲しいと言う。そう断言されてしまうともうそれ以上彼女からは何も聞けない。
どっちが薄情なんだか。俺の妄想は膨らみ、まんじりともできないまま翌朝彼女の家に向かった。

彼女の家に着いて玄関を開けると、下駄箱の上に真っ赤なバラの花が活けてあった。
花瓶が完璧に負けている。一抱えもありそうな大量の花は、これ以上ないくらい派手に自己主張していた。
えもいわれぬ芳香を放つそれをじっと眺めていると、彼女は二階から一抱えもある平たい箱を持って降りてきた。
「花、珍しいな。こんなに…」
「ああ、それか。もらい物」
彼女はそっけなく言った。
嫌な予感。
「誰から」と問いただそうとする俺を尻目に、彼女は箱を置き、靴を履いてさっさと玄関を出た。俺は慌てて残された箱を持ち、彼女の後を追う。
…あれ、思ったよりも軽い。
彼女は俺が追いつくと、いつ来たのか横付けにされている車に乗り込んだ。並んで俺も後部座席に座る。
運転手の男はぎょっとしたようで、座ったまま首だけをめぐらして俺を見た。
「話は通してあります。大丈夫です」
予想していたというように彼女がさらっと言うと、男はようやく安心し、前を向いてアクセルを踏んだ。

車は高級車らしく、振動も感じないほど静かに発進した。
普通の車より天井が高く、見たことのない車種だ。特注なのかもしれない。おかげで彼女は羽を気にせずにゆったりと座れる。
これが彼女を迎えに来るためだけの車だとしたら、彼女はやっぱり国家的重要人物なんだろうと、小市民的感覚の持ち主の俺は思った。

考えてみれば俺は、彼女のそういう側面の事をほとんど知らない。
大人たちの思惑がどうであれ、俺にとっての彼女は羽が生えているだけの普通の人間で、いつも一緒にいるわがままで手ごわくて可愛い俺だけの彼女であって、それ以外の事はあまり考えたことがなかった。
無言の彼女の横顔がふと知らない人のように見え、俺はいかに自分が能天気だったかを痛感した。

車は国道や高速道路をひたすら走り続け、郊外の景色も単調で飽きが来る。
その間俺は一応持ってきた教科書を膝に広げていたが、昨夜眠れなかったせいか睡魔に襲われ、下を向いてうとうとしていた。
「着いたぞ」
彼女の声でハッと目が覚め、車内の時計を見ると二時間近く経っていた。
降りようと腰を浮かすと、ふと彼女の手が俺の手を包んだ。

えっ。

そんな事は今までされた事がなかったので、嬉しいというよりは驚いて思わず彼女の顔を見る。
すると彼女は、行動に似合わぬ甘さのない真剣な表情で前を向いていた。訝しがりながらもとにかく握り返すと、彼女ははっと我に返って、放せと言うように手を振りほどいた。
自分から握ってきたくせに。どうやら無意識だったらしい。
さっさと降りて歩いていく彼女を、俺は例の箱を抱きかかえて追った。彼女の人使いが荒いのは付き合い始めてからも変わらない。

その建物は郊外の自然公園内の建物の一つのように、無難な名を与えられてひっそりと佇んでいた。
中に入ると展示室のような部屋と自動販売機コーナーがあった。「関係者以外立ち入り禁止」のボードにかまわず奥へと進んでいくと、どこで見ていたのかガードマンが出てきて立ちはだかった。運転手が二言三言話すと、ガードマンは横に退いて道を譲った。
彼の鋭い視線を感じながら更に進むと、中は次第に病院のような無機質な雰囲気になってきた。廊下の両脇に並んだそれぞれの部屋の中では時折人の気配がするものの、誰ともすれ違うことはなかった。
俺たちはその中の待合室らしい一室に通された。柔らかい色の絨毯と皮のソファーに掛けられたラグ、奥に置かれたテレビのおかげで、少し寛いだ雰囲気が漂っている。
きょろきょろする俺を、勝手知ったる風にソファーに座った彼女は羽の先をいじりながら面白そうに眺めていた。
「まるで初めての場所に連れてこられた猫みたいだな。誰も取って食いはしないから、もっとどっしりしてたらどうだ」
「猫、って…悪かったな、気が小さくて」
俺は口を尖らせた。…わざと。
取って食いはしない。そんな事を、初めてここに来た彼女に言ってくれた人はいたのだろうか。
羽の生えたばかりの彼女の不安はこんなものじゃなかっただろう。表には出さない彼女の強さをふと哀しく思った。

それはともかく、さっき手を握ってきたことといい、今日の彼女はちょっとおかしい。一見いつも通りだが、くだけた態度の中にも何となく緊張感が漂っていて、俺も落ち着かなくなる。

…彼女がおかしいのは今日だけだったろうか。よく考えてみろ、俺。
恋人という言葉にあぐらをかいて、彼女への気配りが欠けてはいなかったか?
貞操なんて言葉まで使うくらいだ、最近俺に対する態度に不自然なところはなかったか?
昨夜布団の中でぐるぐる考えた事をもう一回反芻してみる。

そういえばこの頃、バラ程派手ではないが一見して花屋でコーディネイトして買ったとわかる花が、彼女の家の玄関に飾られている事が多くなったような気がする。
おばさんが今度はそういう趣味になったのかと、その程度の認識しかしてなかったが。
今思うと、彼女は俺の目がそっちに行かないようにしていた
…ような。


コンコン、とノックの音が響いた。
返事をするより早く、ドアが開いて白衣を着た二人の男女が現れた。
by yukino-mori | 2008-11-25 22:01 | ちょこっと話4
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